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まあ、ええ方じゃよ

  • 執筆者の写真: Hirohiko Sasaki
    Hirohiko Sasaki
  • 2023年8月9日
  • 読了時間: 4分

更新日:2023年8月10日

 先日、22歳の人たちと会食をする機会があった。どんなコンテンツを見ているの? どんな風に情報を収集しているの? そんな話をしているうちに、映画館に行ってまで映画を見ることはあまりないという話になった。じっと2時間も座って、一つの作品を見続けることをしないらしい。TikTok、ファスト映画、Twitter、イントロ部分が短くなっていく曲、早回しで再生する大学のオンライン授業、マンガで読む経済書。人は何事もコスパを尺度にして生きるようになってきたようだ。結果、金魚の集中力は9秒もつのに、人の集中力は8秒になってしまったと言われていた。(どうやらこれは根拠のないデマだったという話もある)


 さて、僕は小津安二郎の映画が割と好きで、代表的な作品はひと通り見ている。「父ありき」「お茶漬の味」「東京物語」「お早よう」「秋刀魚の味」など、何度か繰り返し見ている作品もある。何故か飽きが来ず、時々見返したくなる。何の事件も起きない、平坦な日常を、淡々と、そしてほんのりユーモラスに映し出すホームドラマばかりだ。どの作品も家族がテーマで、時代とともに移りゆく親子の関係、夫婦のあり方が極めて客観的に、そして本質的に描かれていることに共感するし、純粋にドラマとして楽しめる。悪ふざけやドタバタ劇は一切ないが、ある意味、喜劇だ。人生とは喜劇なのだ。


 小津安二郎でおそらく最も有名な作品として知られる「東京物語」は、2012年に英国映画協会が行った「映画監督が選ぶベスト映画」で、名だたる作品を抑えて1位に選ばれていることは広く知られている。


「映画監督が選ぶベスト映画」

1位:『東京物語』 小津安二郎監督

2位:『2001年宇宙の旅』 スタンリー・キューブリック監督

2位:『市民ケーン』 オーソン・ウェルズ監督

4位:『8 1/2』 フェデリコ・フェリーニ監督

5位:『タクシードライバー』 マーティン・スコセッシ監督

6位:『地獄の黙示録』 フランシス・フォード・コッポラ監督

7位:『ゴッドファーザー』 フランシス・フォード・コッポラ監督

7位:『めまい』 アルフレッド・ヒッチコック監督

9位:『鏡』 アンドレイ・タルコフスキー監督

10位:『自転車泥棒』 ヴィットリオ・デ・シーカ監督


 僕は小津安二郎を語れるほどのシネフィルではないので、ご興味のある人は、ググればいくらでもすばらしい評論が出てくるので、そちらをご参照いただきたいが、よく知られている小津安二郎の特徴は、とにかく完璧主義者で、何から何まで自分の思った通りに撮影しないと気がすまなかったらしい。セリフ、演技、構図、小道具の配置や色、衣装の柄、壁にかけている絵、全て緻密に設計されていたらしい。一度見てもらえればすぐわかると思うが、固定カメラのローアングルで、家の中の空間を幾何学的な構図で捉えているシーンが多い。昭和初期の古さにかぶさったモダンな画面構成がかっこいい。俳優たちの一言一言も、箸の上げ下げも全て監督の指示があったそうだ。小津安二郎の映画には欠かせない笠智衆という名俳優がいるが、監督はその笠さんに対して「笠さん。僕は、君の演技より映画の構図のほうが大事なんだよ」とまで言ったらしい。


 小津安二郎の映画に出てくる人たちは、決してヒーローではないので、大成功を収めるでもなく、欠点もあるし、葛藤している。そんな人たちの会話を通してふと考えさせられることは、人への赦しだったり、さまざまなことの受容だったり、現状をありのままに受け入れる心の持ちようだ。「お早よう」という作品では、こんなセリフがある。無駄口ばかり叩いて大人に叱られた子どもたちが「大人だって、おはよう・こんばんは・こんにちは・いいお天気ですねって、余計なことを言うじゃないか」と屁理屈をこねたという話を聞いて、主人公の男性がこう言う。

「そんなこと案外余計なことじゃないんじゃないかな」

「それ言わなかったら世の中 味もそっけもなくなっちゃうんじゃないかな」

「無駄があるからいいんじゃないかな、世の中」


 「東京物語」で笠智衆演じる主人公の老人が、せっかく尾道から東京まで出てきたのに、煙たがって東京案内に連れて行ってくれもしない、つれない子どもたち(みな家族持ちである)のあくせくした暮らしぶりを見て、「わしら、まあ、ええ方じゃよ」と奥さんと交わす会話が胸に染み入ったりもする。ちなみに「東京物語」を撮った時の笠智衆は49歳だったそうだが、役柄はなんと70歳。笠智衆と言えばおじいさん役の印象しかないのだが、いまの僕より年下で、あの老人になりきっていたと知って腰が抜けた。

映画評論ができる立場でもない僕が、小津映画をあれこれ語るのも野暮なので、興味本位でも良いので、日本の白黒映画を2時間、日本酒でもつつきながらご覧になってみてはいかがだろうか。無駄があるからこそ豊かになる人生もありそうだ。





参考)

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